先日、母が入院しました。
母の入院自体は頻繁ではありませんが、何度か経験があるので、

最初は「今度はどうしたの?」くらいだったのですが。。。

 

母は元々足が弱く、弱い部分が腫れて入院したこともありました。
今回も腫れたとのこと。しかし熱が39度のまま下がらず、まる3日になりました。

「年齢や何度も腫れていることから考えて、ひざ下の切断も考えたほうがいいかもしれない」
と言われ、かなり動揺しています(>_<)

 

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母は70歳を超えたら介護が必要になるだろうとは思ってました。

足も悪いですし、そのせいか50代後半あたりから腰が少し曲がり始めてきていたので、
義母(76歳)のように、自分の足で歩き続けることは難しいだろうな~。とはうっすらと考えてはいたのですが、

まさか60代前半で車いす生活が現実に見えてくるとは思っていなかった。。

 

今は義足がものすごく発達しているそうです

ひざ下切断ということになれば、まずは義足なのかな?と思ったななは、
まず義足のことを調べてみました。

義足を使っている方の書き込みを見ると、
「半年くらい経てば、できない動作もあるけれど、歩行は普通と同じくできるようになりますよ」と書いてあり、現代の医療に感動しました!

とはいうものの、もちろん最初はトイレ一つも大変だそうで、リハビリは必須。

子ども(なな)は40歳になり、孫の顔もたくさん見た母。
性格と年齢、今の状況からして「リハビリ頑張ろう!」って思うかな。。と。。

 

父も私も介護となれば初挑戦。母自身もどこまで頑張れる?

父も母も私も介護の経験がありません。

ということは、トイレ一つ、お風呂一つとっても、どこに不便するのかすらがわかりません。

母の口癖は
「延命治療なんてもってのほか。そのまま逝きたい。
自分でなんでもできて、みんなで楽しく話ができるから生きているのであって、
寿命はそのまま迎えたい」
です。

 

ひざ下切断となり、実際介護が始まったら、母はどう思うだろう。。

慣れないうちは、トイレに行くにも父を起こさなければならない。

風呂も一人では難しい。着替えも慣れないうちは一人では難しいかもしれない。

「こんな小さなことまで人の(といっても配偶者ですが)世話になってまで、もう生きなくてもいいよ」と言うかもしれない。

 

緊急の足の切断はさしあたってしなくてもいいことになりました。

腫れた足に致死率の高い菌が入っている可能性があり、そのときは緊急手術で切断。という状態のときにこの記事を書きました。

検査の結果、一刻を争うような菌ではない。ということで、足の切断は「さしあたっては」しなくてもよくなりました。

 

検査手術後に母と少し話をしたのですが、涙を浮かべながら

「幼い頃にかあちゃん(私にとっては祖母)が、「足を切るのだけはやめて。何とか残して!」と何回も言って残してくれた足を切断なんかしない!」と。

 

自分の生き方については家族でよく話しておかねばならないと感じています

医療的には「切断したほうがいいかもしれない」という母の足。

しかし母にとって「弱い足」は「自分の母親が遺してくれたもの」といっても過言ではない。「切断しないと亡くなる」というのならそれでかまわない。というのが母の意向なんです。

 

周りは「足を失っても生きていてほしい」と願う。

でも「足を失って生きる」のは、父でも私でもなく「母」なんですよね。

足を切断すれば15年生きられる。
切断しなければ3年しか生きられない。

例えばもしそんな選択肢になったとき、母の気持ちを伝えるのは娘の私の役目だな。
そう思っています。

 

これから、母と一緒に「命」や「生き方」を話していきたいと思っているところです。

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