と思う方も少なくないのはないでしょうか?

ななのように、節約が趣味ならばともかく、
人並みのことはしてみたい。隣が何か買ったと聞けば気になる。。

外に出て、人と接していれば、自然の感情だと思います。
(私、外に出ないので、何も感じないけど^^;)

こんなななだって、参観で素敵なヘアスタイルのママを見たら、
「わー☆真似してみたい♪」って思いますもの。。
(結局、美容室の時間が怖くて、いつものヘアスタイルなのだけど。。)

 

そんな、「節約は必要だと思う。けれど日々葛藤している」あなたへ。
ななのエピソードをぜひお聞きください^^

 

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今、ある場所で花を咲かせる

今日は、ちょっと節約から離れます。まあ、節約に通じるのだけど・・。

 

ななは、息子のプロフィールにも書いてるように、
発達障害&知的障害の子の母親です。

息子のIQは70前後、全体の下から2%程度の知能です。
なので、見た目から「あ、知恵遅れの子だな」という感じはわかります。

今は、普通学校の「特別支援学級」というところに在籍してますが、
その中でも、知的には一番遅れてる感じがします。
(勉強はそれなりにできるんですけど、根本的にわからないことが多い)

 

自分も不安障害になってしまい、体がきつく、
そこに持ってきて、普通の指示ではうまく物事が出来ない息子に、
イラつくことも正直多くなってました。

「普通発達の子だったら、もうラクできるはずなのに・・・。」
と思ったことも1度2度ではなくありました。

 

そんなある日、フェイスブックというSNSのタイムラインで
こんな投稿を目にしました。

そのまま引用させていただきます。

 

 

重度の脳性マヒの子が書いた詩と、お母さんの詩

この詩は、いまから27年前、15歳で亡くなった山田康文くんが作った詩です。
重度の脳性マヒで、全身が不自由、口も利けないやっちゃんが、
いのちのたけを託して作った詩です。

 

「ごめんなさいね おかあさん」

ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん…

ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう

ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね

大きくなった このぼくを
背負って歩く かなしさも
「かたわな子だね」とふりかえる

つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら

ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです

脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい

そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん

おかあさん
あなたがそこに いるかぎり

 

この詩を読んだお母さんがやっちゃんに宛てた詩です。

 

わたしの息子よ ゆるしてね
わたしのむすこよ ゆるしてね
このかあさんを ゆるしておくれ

お前が 脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと 泣きました
いっぱいいっぱい 泣きました

いつまでたっても 歩けない

お前を背負って歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心

“重くはない”と聞いている
あなたの心が せつなくて

私の息子よ ありがとう
ありがとう 息子よ

あなたのすがたを見守って
お母さんは 生きていく

悲しいまでの がんばりと
人をいたわるほほえみの
その笑顔で 生きている

脳性マヒの わが息子
そこに あなたがいるかぎり

 

私が勤めていた奈良県立明日香養護学校に
やっちゃんが入学してきたのは昭和43年、彼が8歳の時でした。

以来、担任として、学部主事として、そして最後は言語訓練教師として
足かけ8年の付き合いでした。
この詩が生まれたのは、やっちゃんが亡くなる、わずか2か月前のことでした。

 

障害程度の軽い子は、自分で詩を書くことができます。
文字が書けない子でも、手足の指や口を使って
電動タイプを打つことができます。

しかし、やっちゃんのように重度の子の場合は、先生である私が抱きしめて、
全身で言葉を聞くのです。

そうして書かれた詩が最初に紹介した詩です。

 

やっちゃんが言う「ごめんなさいね」は、
母へのいたわりと思いやりがあふれていました。

 

向野幾世(奈良大学講師)
『致知』2002年9月号より

一人でも多くの人に届きますように…。

 

今でも書きながら涙が止まらないのですが、
初めてこの詩を読んだとき、もっともっと号泣しました。

 

うちの子は、今いる環境では一番できない子かもしれませんが、
自分の足で歩くことも、字を書くことも、話すこともできます。

 

今、若いお母さんはさほど気にしませんが、
昔の人ほど、「あの子、頭少し変なんでしょ?」とわが子のことを
言っていることを聞いたことも1度だけではありません。

(私と離れていたので、私の子と思わなかったのでしょう)

 

この当時ならば、もっと風当たりが強かったのではないでしょうか。

 

そんな中、いつも移動のときは、わが子を背負うお母さん。
「お前を背負って歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心」

このお母さんの偉大さに、
そして、周りや上ばかり見て、わが子と自分を卑下していた自分に、

 

心から「何て、贅沢なことを考えていたのだろう」

 

と、もう、本当に、ただただ涙しか出ない。。
そんな風に思いました。

 

 

俺が俺がではなくて、おかげさま、おかげさまで生きていきたい

この言葉は、また違う人が書いた詩ですが、全くその通りだと思います。

 

幼稚園を卒園するときは、ひらがなを書くのなんかおろか、
読むことさえもおぼろげだったわが子が、

3年生になった今、少し漢字交じりの文章をかけるようになりました。

 

7歳までぐるぐる書きしかできなかったのが、
今では、「人」とわかるような絵がかけるようになりました。

本当に、周りの「おかげさま」なんですよね。。

 

いいじゃないですか。自分のペースで。
自分の置かれた環境で。

 

最初に紹介したやっちゃんのお母様。

私なんかよりも数十倍も、お子さんのことで、たくさんの涙を流し、
たくさんの複雑な思いを抱えていたことでしょう。

 

でも、「わが子との心の問題」で悩むことはなかったろうと思います。
それは、もちろん、お母様の普通ではない頑張りがもたらしたものでしょう。

そして、亡くなる前に、お子さんは、
全身全霊で、こんな素敵な詩を遺してくれました。

 

どんなに辛く見える環境でも、必ず負の側面だけじゃないはずです。

 

周りは何でも買えてうらやましい。
うちだけ何もできない。。。

でも、そんな思いを抱えながらも、
頑張っていれば、その中に必ず「喜び」の種があるんです。

 

いい車を買った、いい家を買った。
でも、その中に入れば、マジメに風呂は週1で、ご飯も1日1食かもわかりません。

それが素敵ですか?

「自分らしく生きていくこと」をもっと大切にしていきましょうよ!ね^^

 

「置かれたところで花を咲かせる」

 

私は、節約は上手になりましたが、
育児はまだまだ悩みながら、
そして、やっぱり、周りを見て「いいなー」と思うこともあるでしょう。

子どもに八つ当たりすることもあるかもしれない。

 

でも、そのたびに、この詩を見られるように。
ブログにもUPしました。

 

私もあなたも、上を見てたらキリがないんです。

「今の環境が幸せ」と思えるような、そんな強い心作りも、
節約にも、子育てにも大切だなーなんて思う日々です。

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