うちの子は特別支援学級のため、教科書すべてのお話を習っていません。
ですので、何か読み物でも。と思い、たまたま見つけたお話が「一つの花」でした。

私自身もおそらく小4のとき習っているのでしょう。「一つの花」の大まかなあらすじは覚えていました。戦争に行くお父さん。いつもお腹を空かせている小さな子ども。。。

冒頭の方には「戦時中なので、チョコレートやキャラメルだのはありません」と、当時の物資のなさが子供にもわかる表現が並んでいました。

 

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私自身が「一つの花」を読んで思ったこと

教材ですので、ネットで調べると「コスモスにはこういう意味がある」だとか、いろいろな「指導案」のようなものがあるのですが、

あくまでも「私が率直に思った感想」を書いてみたいと思います^^
「そこはそういう意味じゃないんだよ」というのは、今はなしということで(*´∀`*)

 

ななが子供の頃に猛烈に思ったのは

「この子はなんてワガママなんだ!!戦争に行くお父さんのおにぎりを食べてしまうなんて何事??そこだけはちゃんと叱らなくちゃ!」

とか思ったものでした。ほとんどその場面の感想しかなかったような気がします^^;

 

今、親となり、もちろん10歳のときの感想とは違っています。

いつもいつもお腹が空いている小さな子ども。。

食事のときは、子供は「もっともっと」が口癖になっている。

家族みんなが「少し」しか食べられない。
なので「一つだけちょうだい」という言葉をはっきり覚えた小さな子。

 

「一つだけちょうだい」

かぼちゃの煮付け一つが、握り飯一つが、芋一つが。。
たった2歳ほどの子にとって「今、本当にほしいもの」

 

こんなふうに「モノ」と向き合うことがあっただろうかと。

ご飯もおかずもおやつもあって当たり前。なければ買ってくればすぐ用意できる。そんなこと当たり前すぎて「何がありがたい」のかもわからないで生きているんじゃないかって・・・。

 

お父さんが戦争に行く日、バックの中におにぎりが入っていることを、小さな子は知っていました。それだけ「食べ物」に敏感だったのでしょう。

「もっともっと」とすべてのおにぎりを食べてしまった子供。

お父さんも当然いつもお腹を空かせていたことでしょう。でも、お父さんは「大切なおにぎり」をすべて食べてしまった子どもを責めることはしなかった。

 

「一つだけ・・・。(おにぎりちょうだい)一つだけ・・・。」と泣く子どもに、お父さんは、端っこに咲いているコスモスを「一つだけ」あげます。

「さあ、一つだけあげよう。一つだけのお花、大事にするんだよ」

子どもは一つの花をもらってキャッキャと喜びました。

 

大金をはたいて買ったものじゃない。たまたまそこに咲いていたコスモス。
コスモスの花一つで大喜びする小さな子ども。。

そして、それから10年がすぎました。

お母さんと子供の住む家には「たくさんのコスモス」が咲いています。。。お父さんの姿はありません。。

 

物を大事にするということの意味を考えさせられました。

「いや。たくさん咲いたコスモスはそういう意味じゃないんだよ」というのは、置いといてね(*´∀`*)

「高価なもの、人に自慢できるもの、札束」しか「宝物」じゃないと、現代人ならば、心の奥底では思っている人がかなりいるんじゃないかなと思います。

その証拠に「10分で100万円稼げる!」というものに飛びつく人は、決して少人数じゃないんですよ(なぜ知っている??w)

 

けれども「宝物」って「高価なモノ」とかじゃないなって。

私、この「たくさん咲いたコスモス」という表現を見たときに、
「子どもの将来を大きく咲かせてあげたい!」と思いました。

そう。私にとっての「コスモス」は「子ども」なんだと気づきました。

 

「65歳で3000万円貯めたんだぜ!」とか、決して「どうでもいいこと」だとは思いません。

年金もどうなるのか?という時に、貯金は非常に大事だと思うから、日々、いろいろと工夫してるわけです。

 

「真摯に一つ一つのモノに向き合い、家族に向き合い、その結果が節約であり、貯金である」

そんな日々を送りたいと思いました。

 

決して「なな家の節約貯金額発表会ブログ」のような、表面的なブログにならないように気を付けなければ。。と心から思った「一つの花」のお話でした。

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